図書館に行こうよ ―図書館職員の図書館的日常―      206
 
     
  谷根千の文豪たち  
     
    今年は暖かい秋になると聞いていましたが、寒いですね。本を持つ手がかじかみます。さてさて、今回は私事で大変恐縮なのですが、以前住んでいた東京の『谷根千(やねせん)』という所のお話しをさせて頂きたいと思います。「そんなの興味ないよ」なんて言わずに少々お付き合いくださいませ。

✿『谷根千』って?
 聞いたことがあるという方や既に行ったことがあるという方もいらっしゃると思いますが、わからない方にざっと説明しますと、『谷根千』とは、荒川区、台東区、文京区にまたがった「谷中」「根津」「千駄木」の3つの地名の総称です。神社・仏閣が立ち並ぶ静寂な雰囲気と下町情緒あふれる観光地の賑わいが混在する、とても不思議で魅力的な場所です。

✿文豪たちの聖地
 なぜ今回この谷根千を紹介したのかと申しますと、実はこの地域は夏目漱石や森鴎外、高村光太郎など日本文学を代表する名だたる文人たちが集い、暮らし、執筆活動をしていた場所だからなのです。文豪ゆかりの地が沢山ある、いわば『文豪たちの聖地』です。ここから、数々の“名作”が生まれたかと思うと、とてもワクワクします。私はこの場所をとても気に入ってしまい、十年以上も暮らしました。
 私が住んでいたのは、山手線日暮里駅から徒歩4分程の小さなマンション。谷中ぎんざという商店街の入口付近で一日中賑やかでした。休日にはベランダから“庶民”が行き交う姿を眺めては、しばし筆を休めて人間観察をする文豪の気分にひたったりしたものです。(笑)そんな風に文豪たちも、人々の生活風景から作品のインスピレーションを得ていたのですかね。

✿夢を語りて
それでは、谷根千にゆかりのある文豪たちをご紹介します。まずは、夏目漱石。イギリス留学から帰国した後、千駄木に住居を構えました。ここで処女作『吾輩は猫である』や『坊ちゃん』などの名作を執筆したのだそうです。ちなみにこの家には、漱石が住む前に森鴎外が住んでいました。なんだか世間は狭いですね。現在は日本医科大学同窓会館になっていますが、旧居跡の石碑が建っています。
そして、森鴎外は次に、現在『水月ホテル鴎外荘』がある場所に住みました。ここで名作『舞姫』を執筆したと言われています。その旧居は今でも大切に保存されています。その後、現在自身の記念館になっている場所に住み、ここで半生を過ごしました。鴎外は自宅に『観潮楼』という愛称をつけ、芥川龍之介、石川啄木、斎藤茂吉などの文人が大勢集う社交場になっていたそうです。
他には、高村光太郎も父親で彫刻家の高村光雲と共に親子で千駄木に住んでいました。ちなみに光雲は上野の西郷隆盛像を作った方です。他にも、『五重塔』の幸田露伴、『伊豆の踊子』の川端康成、『D坂の殺人事件』の江戸川乱歩、『たけくらべ』の樋口一葉などなど、ここでは紹介しきれない程の文人たちがこの地に集いました。
“作家は孤独”というイメージがありますが、一緒にお茶をしたり、夜になれば杯を交わしたり…といった具合に、意外にも文学談議に花を咲かせ、日本文学の未来について熱く夢を語り合っていたのかもしれませんね。

✿谷根千さんぽ
 いかがでしたか?谷根千に行きたくなりませんか?この地域は神社・仏閣などが多かったからなのか東京大空襲の戦火を免れました。戦後の開発でも高いビルなどが建たず、昔の面影が残ったままの街になりました。そこはまるで昔にタイムトリップしたかの様な場所です。文豪ゆかりの地以外にも、雑貨屋、喫茶店、レストラン、古本屋、などなど、沢山の魅力が詰まっています。
 ぜひ、皆様も実際に足を運び、文豪たちが過ごした時を感じながら本を片手に『文学さんぽ』をしてみてはいかがですか。
(花矢・白)